「アタシの片思いだった。」
桜子は皆の前で、冬吾へ揺れたかつての思いを締めくくった。
正直に話す、と言うから何処まで話すのかと思ってはいたが、どうやら桜子も処世術を身に付けていたらしい。
かつて、山長での帳簿付けをふみに任せ、桜子を陥れようとするふみの所為で、取引先にまで迷惑を掛けた事があった。あの時桜子は、事実をありのままに言った。だが職人達から総スカンを食らうという、苦い経験がある。
事実だとしても、言っていい事と、そうでない事がある。
桜子は、達彦の前で99%の真実を明かした。が、冬吾の気持ちまでは明かしていない。
達彦にとって、余計な事まで伝える必要なんかない。
全てを明かせば、達彦だけでなく、笛子に与えるダメージすらも大きすぎる。
正直で居る事が、いつも正しいわけではない。
笛子が結婚する前、冬吾に会いに来させようと腐心した桜子に、嘘の知恵を授けたのは八重だった。その目論見に見事にハマり、笛子は上京した。
それは、動かない事象を動かす為の嘘だった。
片思いだったという桜子の嘘は、動きすぎた事象を抑える為のものだ。
そして冬吾も黙して語らず。当然と言えば当然か。良い方に解釈すれば、敢えて真実を語り、波風を起こす必要は無い。
悪い方に解釈すれば、いざという時に何も言えない男。
もしも全てを白日の下に晒せば、いくら何でも、あの時点で達彦は去るだろう。
あそこまでの告白なら、達彦も「淋しい思いをさせて済まなかった。」で許せる。
編集された回想シーンだけなら、精神的絆と解説されても納得出来る。
でも真実は笛子の言うとおり、もっと抜き差しならない状況だった。
傍に居て欲しいと冬吾は桜子に言った。
一緒に居ると苦しい、とふたりはお互いに言ったのだ。
何度も書いたが、他の異性に心が動くことを悪いとは言えない。桜子も冬吾も人間だ。
だが立場をわきまえず、本能のままに自分の心情を相手に伝えた無神経さが、見ていて勘に触った。一番不愉快だったのはその部分だった。
言った本人にしてみれば、嘘偽りの無い正直な感情なんだろう。
その正直な冬吾への感情を吐露する事が、更に笛子を深く傷つけていた。
身体の繋がりより、心の繋がりを見せられる方が余計に傷つく。
桜子本人に悪気も邪心も全く無い。だが、相手の事には全く気が廻っていない。
だから今迄、自己中心的性格だと言ったのだ。
笛子も必死だったんだろう。自分は絵のことはさっぱり理解出来ない。
だが自分が出来る範囲で、冬吾の助けになりたい、という思いが一層強くなったのは、自分の居場所を確保すると共に、桜子の陰に怯えたからじゃないのだろうか。
桜子と冬吾の絆はとても自然で、お互いを深く理解している。それは笛子にも判る。
その絆が強まり、いつか自分の家庭をも壊されるのでは、という深層心理が働いたのではないだろうか。
結果的に笛子は暴走したけど、結局その原因を突き詰めたら、冬吾と桜子の精神的恋愛に起因するんじゃないだろうか。
笛子を何故選んだのか、ずっと疑問に思っていたが、笛子自身が冬吾に問うた。
同性の目から見て、冬吾が語る笛子の長所は、とても良い所には思えなかったけど(笑)。ただ「そんな笛子に魅かれたから結婚した」って言いたいのだ、という事はよく判った。
桜子とは共通点が多いが、笛子とは全く無い。それが冬吾の目には、却って新鮮に映ったって事か。
冬吾の愛は、桜子と笛子、両方に有るのが見えた。
桜子への愛は、自然体で、お互いの方向性が一緒だから気持ちが安らぐ。
笛子への愛は・・・自分に無いものを持っていて、自分が甘えられる場所を作ってくれる。
冬吾、ちょっとズルイぞ(笑)と改めて思った。
杏子は笛子に「浩樹も亡くなった妻子の位牌に手を合わせている。相手の思いを独り占めなんて出来ない。そういう気持ちも受け入れてこその夫婦」みたいに言ってたが、義妹と精神的不倫だったケースは、また違うんじゃ・・・。
随分強引だったが、この問題は此処で幕引きとなった。
要するに、一時期は冬吾にグラついたけど、それは片思いだったと正直に話す桜子、それすらも受け入れる達彦の器の大きさ、って事を描きたかったのか?
あの2週間は、単品のエピソードとして見ればよく出来ている。西島さんと宮崎さんの演技も凄いと思った。でも全てを繋いだとして・・・ホントに必要か、あの2週間。
繋いで見ると、達彦との再会の感動が白々しく見えてしまって仕方ない。
アタシには無用の長物にしか思えないので、やっぱり「黒歴史」にしておこう。
桜子の事は嫌いではなかったが、あのお陰で、どうしても醒めた目で見てしまう。
